| 技法 | 油彩、キャンバス |
| サイン | 左下にサイン 裏面にサイン、年代 |
| 額 | 額装 |
| サイズ | 41.0×32.0 cm |
| 制作年 | 1961 |
| 鑑定書 | 日本洋画商協同組合鑑定登録証書付 |
白髪一雄は「足による絵画」技法で世界的に知られ、日本における戦後の国際的な美術集団「具体美術協会(通称:具体)」の重要な代表的作家である。もともと「ゼロ会(Zero society; Zerokai)」の設立メンバーであった白髪一雄は、具体設立の翌年、1955年に合流の誘いを受け、村上三郎、金山明、田中敦子らとともに具体に参加する。
具体の設立と同時期に白髪は足を使い始めたが、最初からアクション・ペインティングだったわけではなかった。最初は足を利用して単に絵の具を押し広げるだけのものだったが、具体へ加入する少し前に、ロープにぶら下がることを思いつく。そして他の具体メンバーからの影響を受けながら独自のアクション・ペインティングの可能性を広げていった。
1955年の第1回具体美術展において、《泥に挑む(Challenging Mud)》のパフォーマンスを発表した。この試みは世間を驚かせるとともに、彼の前衛的かつ画期的な象徴性を予示するものであった。
このようにパフォーマンス要素の強い作品や立体の作品は1950年代後半に多く見られた。つまり、本作品が制作された1961年は、白髪のこうした全身による表現の意識が強く反映され始めた頃といえる。本作品の画面は濃密な黒によって全面が覆われ、豊かな階調を湛えつつ、噴き出すことなく内に秘めた力を感じさせる。その様は、金属的な光沢を放つ下層を覆いながら暗くうねる溶岩のようである。作品は強烈な動勢を特徴とし、白髪独自のリズムと力に満ちている。
また、この年は、具体美術展は第10回目の開催年にあたる。この頃から具体ないし白髪の評価は日本国内にとどまらず、1958年にはミシェル・タピエとの交流が始まり、トリノやパリをはじめとした海外展覧会への出品が増える。1961年、イヴ・クラインがチェルシーホテルで執筆した「Chelsea Hotel Manifesto」では、白髪を中心に具体の活動が取り上げられており、翌年の1962年には、パリのGalerie Stadlerで白髪の個展が開かれている。